家づくりの足あと

千曲内川の家

千曲内川の家

転勤族のMさん。「地域に根ざした自分たちの居場所を」と、
我が家への想いを強くされたそう。一つひとつステップを踏んで辿り着いた
「我が家」までの道のりを教えていただきました。

【家づくりが始まるまでの足取り】

"我が家"を考えるようになったのは、子どもの入学がきっかけです。当時、伊那に暮らしていましたが、転勤のたび引越しを繰り返すことに不安を感じ、子どもたちに落ち着いた学校生活を送らせてあげたい、地域に根ざした自分たちの居場所がほしい、と思うようになりました。
やがて、見学会などに足を運ぶようになり、思いを強くしていったのですが、実家から遠く離れた土地での暮らし。いずれ実家に帰ることを思うと、不安や焦りを感じる時期もありました。
そして数年後。長野への転勤が決まり、実家から通勤できるということもあって、腰をすえて家づくりができるようになりました。


【誠設計との出会い】

話はずっと遡り、1994年。リレハンメルオリンピック派遣団の一員として所長さんと知り合い、当時の仲間が集まる会で顔を合わせるようになりました。色々な会社をまわり、家づくりに行き詰っていた頃、久しぶりの会で所長さんにお会いしました。家の話をしたところ、すまい教室の案内をいただき、参加してみることに。
初めてのすまい教室でしたが、とても気さくな雰囲気で、リラックスしながらお話しを聞くことができました。スタッフの皆さんとおしゃべりしていると、次第に「この方たちと一緒に家づくりをしたい」と思うようになり、毎月のすまい教室に家族皆で出かけることが恒例になっていきました。


【そして・・・】

いざ家づくりを前にすると、家を持つことへの大きな責任を感じ、このまま家を建てていいのか、どこに建てるのが良いのか、実家の敷地から離れてよいのか、将来はどうか・・・など、不安や迷いもありました。
そんなとき、「子育ての時期に、家族が家に帰ってほっとする場所をつくることをいちばんに考えてみては」と所長さんのアドバイスを受け、いろいろな思いがあったであろう両親からも、「長い間、親世帯・子世帯で離れて暮らしてきたのだから、無理せず自分たちのペースを守れるところに建てたらいいのでは」と話がありました。
所長さんと両親のあたたかい言葉に背中を押され、ようやく踏み出す決心がつきました。


【設計の時間】

何より驚いたのは、所長さんと設計担当の方の設計力。提案されるたび、夫婦そろって「さすが!」と感心していました。
"設計=間取り"と思いがちですが、まずは私たちを理解しようとしてくれるところにも驚きました。好きなものは?好きなことは?趣味は?暮らしは?...などなど。きめこまかに話を聞いては私たちの想いを汲み取ってくださり、本当にうれしかったです。
「こんなに色々いっていたら、所長さんや設計担当の方に嫌われちゃうネ」と笑って話しては、毎週のように楽しく打合せに通いました。


【いざ、着工】

上棟の日、初めて我が家のシルエットを見たとき、その愛らしさに「なんてかわいいんだろう!」と涙が出るほど感激しました。いつ行ってもキレイに整頓され、片付けられていた我が家の施工現場。通ってきてくださる皆さんが、私たちの家をとても大切に扱ってくださるのが伝わってきて、本当にうれしかったです。


【これから】

私たちの頭のなかの大半を占めていた家づくりの活動が終わると思うとなんだか不思議ですが、いよいよ「地域に根ざした暮らし」が始まります。少しの緊張もありますが、この家を支えに、新しい暮らしを楽しんでいきたいと思います。
子どもたちは「もう、おうちで静かにしなさい!って怒らない?」と言いながら、目を輝かせています。これまで窮屈な思いをさせたことも多かった分、これからはこの家でのびのびと育ってほしいと思います。私たちの家づくりに関わってくださった皆さん、応援し続けてくれた父と母に感謝します。